大判例

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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)4044号 判決

原告 国光自動車工業株式会社

被告 国

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

第一、原告の請求の趣旨及原因

原告は「被告は原告に対し金五十万円及これに対する昭和二十五年八月一日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並担保を条件とする仮執行の宣言を求め、其の請求原因として左記の通り陳述した。

(一)  小田原市幸一丁目百六十番地の一、二宅地百三十二坪八勺(コンクリート舗装)、同地上鉄筋コンクリート平家建事務所(建坪十六坪四合)並右地上の塀及其附属物は戦前即ち昭和十六年十二月八日前はライジングサン石油株式会社の所有であつたが、昭和十七年一月十六日敵産管理法の適用に依り敵産管理人板垣邦器の管理に付せられ昭和十八年六月訴外小西利吉に売却せられ同月中訴外有限会社神奈川トヨタ指定工場に、更に昭和十九年八月一日原告会社に売却せられ、原告会社は爾来これに増改築を施し、自動車修理作業工場等に使用し来つたものである。

(二)  終戦後昭和二十一年五月、同年勅令第二百九十四号連合国財産返還等の件が発布せられ、右資産もこの勅令の適用を受くるものと認められ、昭和二十四年十一月十五日に至り、大蔵大臣命令第七百二十一号に依り、昭和二十四年十二月五日迄に前記ライジングサン株式会社の承継人であるシエル石油株式会社に譲渡を命ぜられ、右命令は同月二十六日官報に告示されたから、原告は同日限り右資産に関する所有権を失つた。

(三)  右財産の喪失に依り原告の蒙つた損害は右資産喪失時における時価であつて。其額は

敷地(百三十二坪八勺) 金二百六十四万一千六百円

コンクリート塀 同十七万二千円

コンクリート舗装 同二十三万四千五百十五円

鉄筋コンクリート平家建事務所(十六坪四合)

同二十一万円

合計金三百二十五万八千百十五円

である。

これは憲法第二十九条の主旨よりいうも国家より補償せらるべき性質のものであるから、その内金五十万円及これに対する訴状送達の翌日である昭和二十五年八月一日より完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだものである。

(四)  仮に本件不動産返還命令については憲法第二十九条第三項の適用なしとするも、正当補償の原則は文明国の通義であつて苟くも一般的に私有財産制を認むる自由主義国においては刑罰に依る没收の場合を除き個人の私有物を無償で徴收することを得ない。今日の文化国家においては所有権に関しては国家も個人も同一地位にあり、国家も個人の所有物を無償で取り上げるが如きことをしない。而して日本国は文化国家たらんことを理想として再建せられた国家である以上、国家の義務の履行として個人の財産を徴用するとすれば正当補償を為すべき道理であるから、今日の文明国の政府の行動を支配する条理を本訴の予備的請求原因として主張する。

第二、被告の答弁及抗弁

「被告は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張事実中(一)及(二)はこれを認めるが(三)の原告主張の損害の数額を争う。」と述べ本訴請求の法律上の原因に関し左記の通り陳述した。

(一)  連合国財産の返還は「連合国財産の返還等に関する件」(昭和二十一年ポツダム勅令第二九四号)に基いて行われ、この勅令は連合国最高司令官の数次にわたる覚書によつて日本政府に要求された措置を実施するために制定されたものでありその内容は「敵産管理法第一条第一項の規定による管理人の管理に付せられたことのある財産」(本件の財産はこれに当る)及「この勅令施行前連合国又は連合国人の所有に属したことのある財産で連合国最高司令官の要求に基き主務大臣の指定するもの」を他の法令の規定にかかわらず無条件に旧所有者である連合国又は連合国人に返還することを目的とするものである。本来からいえばたとえ正当な補償を支払つても国はその国家権力を以て連合国財産の現所有者から一方的にその権利を奪つてこれを旧所有者に返還させることはできない筈である。ポツダム勅令は連合国最高司令官のなす要求に係る事項を実施するため制定されるものであつて、要求事項を実施するため必要あるときは憲法その他の国内法の規定にかかわらず所要の定をすることができるものと解しなければならないし又現にそう解されている。従つてポツダム勅令は憲法に淵源する憲法の枠内の法令ではなく、超憲法的な性格を有する法令であり、ポツダム勅令に基く処分はその形式よりすれば、憲法の枠内の処分ではなく、憲法の枠外の処分であるということができる。又最高司令官は連合国財産の旧所有者であつた連合国人に当該財産を無償で返還すべきことを要求しているのである。正確にいえば、旧所有者であつた連合国人は新な負担を課せらるることなくして無償で当財産の返還を受け得るのである。従つて連合国財産の現所有者に対する損失補償の問題を別々にして、連合国財産の返還関係そのものを中心として考えれば、それは現所有者から旧所有者えの無償返還を内容とするものである。現所有者も国内法の規定に従つて適法に権利を取得したものであるから、その財産を旧所有者に無償で返還しなければならないということは平時における国内法としての憲法の枠内において考えれば極めて不合理な措置であつて、私有財産尊重の原理に反するものであろう。(もつともこの点については後述の連合国財産の特殊性が十分考慮せらるべきである。)しかも前記勅令第二九四号は最高司令官の要求に基いてこの無償返還を命じているのであるから、本件の返還処分はその実質からいつても憲法の枠外のものとみるべきである。従つて憲法第二十九条第三項の規定に基き「正当な補償」として国に損害の賠償を求める原告の本訴請求は理由がない。

(二)  仮に本件の返還処分が憲法の枠外のものでないとしても、本件の場合には憲法第二十九条第三項の規定を適用すべき余地がない。

(1)  憲法第二十九条第三項に規定している「公共のために用いる」とは、例えば社会事業、教育、学芸、交通等の如きいわゆる公益のためにする場合の外社会全般の福祉のためにする場合をいうのである。しかるに本件の場合政府は「連合国財産の返還等に関する件」及其の附属法令に基いて、連合国財産を所有する日本人においてその財産を旧所有者であつた連合国人に返還すべきことを命じ、この命令があつたときは、連合国財産は当然に旧所有者であつた連合国人に帰属することになつているのであり、この政府の処分は最高司令官の要求に基いてなされる公法上の処分であるがその実質は個人間における特定財産の単純な移転を内容とするものにすぎない。かくの如く特定の連合国財産を旧所有者であつた連合国又は連合国人に返還するが如き場合は所謂社会全般の積極的福祉のためにする処置ということができないから「公共のために用いる」場合に該当しない。「公用」と「公共のために用いる」場合とは明白に区別さるべきもので、国がその義務を履行するために行う処分は、すべていわゆる「公用」であろうが「公共のために用いる」場合に該当しない。憲法第二十九条第三項はかかる場合を包含するものではない。

(2)  本件財産は「敵産管理法第一条第一項の規定による管理人の管理に付せられたことのある財産」である。戦時中敵産として取上げられた財産は財産として不安定の地位にあるものであつて、敵産の譲受人は敗戦の場合に戦勝国の旧権利者から要求があれば無償でその財産を返還すべきものである。その財産権の運命は戦争の帰結如何によつて大きく左右さるべき性質のものであることは何人にも容易に察知できることである。しかして当該不動産が敵産管理人の管理に付せられた敵産であること、従つて敗戦の場合には接收さるべき運命にあるいわば瑕疵ある財産であることは登記簿面から容易に知り得る事柄である。従つてかかる不安定な瑕疵ある財産を承知の上で買入れながら敗戦の結果政府から旧所有者に返還を命ぜられたからといつて、返還を命ぜられた当時における時価の安全な補償を求めようとすることは其れ自体条理に合わない。憲法第二十九条第三項はかかる財産についても「正当な補償」をしなければその財産権を剥奪し又はこれに重大な制限を加えることができないという趣旨ではない。

(3)  元来連合国財産の返還に伴う関係者の損失は在外財産の喪失とともにいわば戦争犠牲の一部ともみなされるべきものであるから、このような例外的特殊な事例は憲法第二十九条にいう正当な補償を要する事例として律すべき筋合のものではない。従つてこれらの損失に対する補償の要否、補償の額等についての最終的な決定は講和条約の締結後における措置として国家の財政負担能力其の他を勘案して改めて国内立法をもつて決めらるべきものである。

(三)  仮に憲法第二十九条第三項の規定の趣旨から国が損失の補償をなすべきものとしても、憲法第二十九条は一種の綱領規定であつて、同条自体によつて直ちに国の具体的な補償義務が発生するものではなく、国に対し具体的な補償義務を認めるためには憲法第二十九条に基いて別に法令の制定を必要とするものと解されるが故に、憲法第二十九条の規定より直ちに国に具体的な補償義務ありとする原告の主張は失当であつて本訴請求は理由がない。

(四)  元来公法上の損失補償は不法行為に基いて発生した損害の賠償を目的とするものではなく、正当な権限に基く適法な公法的行為に因つて生じた損失を前提とするものである。従つて国民は原則としてその損失を受忍する義務があるものと解するの外なくただその負担が一般に均等に課せらるることなく特定人に特別の犠牲を強いる場合において国がその財産上の損失を補償することが公正の要求に適すると考えられるときに損失補償が認められ、所要の法令が制定され、その法令に基いて始めて損失補償請求権が発生するのである。従つて法律の規定がなくとも、国は条理上当然に損失補償の義務があるとする原告の主張は失当であり、原告の予備的請求も理由がない。」

第三、被告の抗弁に対する原告の答弁

(一)  昭和二十一年勅令第二百九十四号は憲法上の正当補償の保障を除外していない。右勅令はポツダム宣言受諾に伴い発する命令として発せられて居り、連合軍最高司令官が日本政府に対し戦時中の移転措置により輾転した特定財産の返還を求めて来たのに対しこの要求に応ずる便法として発せられたものである。然しながら旧敵産を連合国人に返還することは憲法の枠外であるが最高司令官の要求は「財産の現在の所有者より無償で取り上げて旧所有者に還せ」というのではなく、右勅令第二百九十四号も無償で返還を命じているのではない。日本政府が旧敵産を所有する者に対しこれを戦前の所有者(連合国民)に対し返還すべきことを命じたのは降伏文書に基く義務履行の一方法として為したことであるというに過ぎない。返還方法は日本政府が任意選択し得たのである。すなわち本件の場合連合国側より発せられた多数の指令中に敵産を連合国民に返還する方法乃至其の有償、無償を規定したものは一もなく、殊に一九四六年十一月二十日の指令中には明に日本政府は連合国民の財産返還に必要な手続を定むべきことを指示している。その準拠法も亦手続も指定したのではなく況んや対価に関して何等指定はないのである。かくの如く政府が戦勝国に対する義務履行を為すための必要措置に基き特定国民に生じた損害を補償するや又如何なる限度において補償するやは依然憲法の枠内の問題である。

(二)(1)  我国の憲法第二十九条第三項は米国修正憲法第五条の末節と殆んど同文である。我憲法は肯定的文体を用い、私有財産を公用に供するには正当補償を要すとし、米国憲法修正条項は否定文体を用い、私有財産は正当補償を為すに非れば公用に供せられずとしているが其の意味は寸毫も異ならない。従つて両憲法はこれを同様に解すべきで米国の判例においては公用の例として、城塞、陸海軍の需要等を挙げて居り既に戦争のための需要を公用(パブリツク、ユース)と称し得るならば、戦争終結の為めの降伏条件の履行の為めの必要も亦公用と称すべきは当然の帰結であつて、我憲法の解釈としても同様に解すべきである。次に右米国憲法においては、正当補償「ジヤスト、コムペイセイシヨン)とは財産の保持者がその財産を奪われなかつた場合と同様の金銭上相当状態に置かれなければならぬと解されている。尚公用と公共の用とを区別するのは理由がない。要するに被告が本件の場合は憲法第二十九条第三項の公共のために用いる場合に該当しないというのは当を得ぬ。

(2)  敵産管理として移転した所有権は決して不安定のものではない敵産管理上の措置として移転した所有権は敗戦の場合に再び接收さるべき運命にあつたという被告の主張は国際法にも亦我国の国内法にも反した誤つた主張である。開戦の場合に国内に在る敵国人の財産を如何に取扱うべきかにつき国際法上近世に至り学説、慣行の一致したところは右の如き敵国人の財産も必しも没收はしないで此等の財産は当該政府において管理し、管理の方法としては或は非常措置として清算することもあり又或は移転措置を採ることもでき、戦時中為したこれ等の措置は戦後もこれを有効と認めただ管理のために生じた利益があればそれは旧所有者に帰属せしめるように措置するというにある。現に第一次世界戦争の結果ベルサイユ平和条約はこの趣旨を是認した。従つてこれが国際慣例として確立したものと解されている。すなわち移転措置の完了したものは連合国政府が為したものも独逸国が為したものも共にこれを最終的なものと認めこれを有効と確認し、ただ措置未完了のものは直ちにこれを停止したのである。太平洋戦争開始当時は此の先例を以て国際慣行とし各国これに従つた。我が国も亦これに従い昭和十六年十二月二十二日法律第九十九号、同年勅令第一一七九号敵産管理法施行令、同年大蔵省令第七六号敵産管理法施行規則等は当年の国際法に準拠したものであつてその合法なることにつき疑の余地がなかつたものである。右法律第二条が移転命令の法的根拠でありかくの如く合法的に移転命令を受けて保持する所有権は一般の所有権と均しく何等不安定のものではなく、戦争の勝敗にかかわらず取得者の所有権は確保せらるべきものであつた。ただ我国政府は降伏文書において無条件に連合軍司令官の要求に応ずることを約束したがために本件の如き要求が出で来つたものであつて、これは財産取得時において予想すべからざるものであつたのである。尚本件物件は連合軍に接收されたものではない。原告は未だ曾て連合軍より財産接收の通告に接したことはない。本件は前述の如く、連合軍最高司令官より日本政府に対する要求(必しも国際法又は国際慣例には適合せぬ)があり日本政府はその要求に従うための便法としてこの財産を直接に旧連合国人に返還せしめたのである。決して被告主張の如く連合国より接收せられたのではなく、従つて戦争犠牲ではないのである。被告は旧敵産が「特殊の性格」を持つた財産であるということを強調しているが、其の特殊性とは日本民法において他の一般所有権と異つた範囲に属する権利であるというのではなく、物の来歴や沿革の特殊性に過ぎず又被告は「瑕疵ある財産」なる文字を使用しているが、この法律の通常の用法(民法一二〇条以下五六二条商法五二六条)において使用しているのではなく、物品の来歴をいうに外ならぬ。すなわち本件は(1) 往年の管理人よりの第一取得者(小西利吉)に対する売買が無効であつたと主張されているのでもない。(2) 又取消原因の瑕疵ありとして取消されたものでもなく(3) 解除が主張されているのでもない。この所有権に何等内在する欠陥があるのではなく、政府はただ連合軍司令官に対する自己の約束した義務を果すために原告の財産の醵出を命じたのであつて、原告の蒙る損害は全く後天的のものである。従つて、敵産移転を受けたことにより所有する財産は「瑕疵ある財産」であるという被告の主張は当らぬ。

(三)  正当補償を為すにはその施行のための法令は必要でない。現行憲法は旧憲法第二十七条第二項の如く法律の定むるところにより補償すると規定してはいない。法律の手続規定がなくとも補償すべきは極めて明白であつて、憲法の此の規定は決して綱領的規定というべきものでなく、立憲国の通義を規定した実定法的規定である。仮に本案に関連して何等かの法律が制定せられるとしてもそれは手続規定に過ぎず、国家の正当な補償義務を減殺し又は通常裁判所の裁判権を毀傷するような規定を作ることはできない。従つて特別の手続規定の制定せられるまでは民事訴訟法と裁判法とがその手続規定である。

仮に憲法第二十九条第三項を宣言的規定と解するも、国家が自らその宣言に基き制定せねばならぬ実定法を規定せずして宣言した義務を免れ得る筈がないからこれを宣言的規定と解してもこれがため国家の補償義務を否定するに足らない。

第四、証拠方法

原告は甲第一号証を提出し、被告は甲第一号証の成立を認めた。

三、理  由

原告主張の請求原因事実(一)及(二)は当事者間に争がない。

よつて先ず超憲事項の抗弁の当否につき按ずるに、本件不動産をシエル石油株式会社に譲渡することを命じた大蔵大臣命令第七百二十一号の根拠たる昭和二十一年勅令第二百九十四号連合国財産の返還等の件は昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム宣言受諾に伴い発する命令に関する件及連合国財産の返還に関する連合国最高司令官の覚書(一九四六年五月六日附)に基き発せられたいわゆるポツダム緊急勅令であり、更に右大蔵大臣命令第七百二十一号も前記覚書に従い本件不動産をシエル石油株式会社に返還すべきことを命じた連合国最高司令官の覚書(一九四九年十月三十一日附)に基き前記勅令第二百九十四号第二条第一項所定の措置として発せられたものである。今次敗戦の結果ポツダム宣言の受諾並降伏文書の署名によつて我国はポツダム宣言を実施するため連合国最高司令官の要求することあるべき一切の命令を発することを約したのであるから日本管理の必要上連合国最高司令官の有する権限は我が国憲法その他如何なる国内法令によつても何等制約されるものではなく、その要求にかかる事項を即時実施するため制定さるる命令は憲法の適用外にあり、従つて連合国最高司令官の前記要求事項実施のため発せられた前記勅令第二百九十四号及大蔵大臣命令第七百二十一号も憲法によつて其の効力を制約さるべきものでないことは明である。しかしてかくの如く本件不動産の返還そのものが憲法の適用外にある命令に基くものである以上該財産の返還に因る損失の処理も同様憲法の枠外にあるものであつて、憲法の適用を受けないものと解するを相当とする。蓋し旧敵産の譲受人が敗戦の結果戦勝国の要求に基く国家の命令により該財産を元の所有者たる連合国民え返還する場合右返還に因る損失は其の原因事実と不可分の関係にあり且かくの如きは憲法の公用徴收に関する規定の予想しない異例の事態であつて憲法の規定を以て律すべきではないからである。前記昭和二十一年勅令第二百九十四号連合国財産の返還等に関する件に代るものとして、新に前記ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基き制定された昭和二十六年政令第六号連合国財産の返還等に関する政令は本件の場合に関し、この政令施行前旧勅令第二条第一項の命令に係る措置として連合国財産の返還をした者は旧敵産管理人が当該財産を売却した際におけるその売却価額に相当する金額の支払を主務大臣に対して請求することができる(右政令附則12)旨規定し、更に旧勅令第二条第一項の命令に係る措置による連合国財産の返還に因り当該財産の所有者其の他の関係人に生じた損失の処理に関しては、この政令に定めるものの外別に法律で定める(右政令附則17)旨規定しているのは上記の趣旨に出たものであつて、原告は右の規定に基き本件損失に関する救済を求むべきで憲法第二十九条第三項に依拠して国に対する補償を請求することは許されないものといわねばならぬ。

よつて進んで原告の条理に基く予備的請求につき按ずるに、今日各国の憲法に「正当補償」に関する規定があり、個人の財産を無償で徴收しないことを原則としていることは原告所論の通りであるが、法律の規定によれば補償を与えずとも財産権の公用徴收を為し得ることを定めた憲法もあり、又正当補償の観念の内容も必しも一定したものではなく、立法の目的と当時の社会状勢によつて定めらるべきものであつて、本件の如き旧敵産の譲受人が敗戦の結果戦勝国の要求に基き国家より財産の返還を命ぜられた場合において国家は返還者に対し右財産の返還当時の時価相当の補償を為すことが今日の文明国の政府の行動を支配する当然の条理であるとの原告の主張は遽に首肯し難い。のみならず、元来条理換言すれば自然的な正義原理は法の全体系に貫流する理念として法の解釈適用を指導する倫理的規準であり実定法の基礎をなし実定法規範も大局的にはこれが表現であるけれども、それが実定法上の細目の規定によつて具体的に表現されない限り条理そのものから直ちに実定法上の具体的な権利を認めることはできない。従つて条理に基く原告の請求も到底これを認容し難い。

仍つて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 福島逸雄)

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